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福岡高等裁判所那覇支部 昭和51年(ネ)32号 判決

控訴人 新城正一 ほか一四七一名

被控訴人 国

訴訟代理人 渡嘉敷唯正 幸喜令雄 喜屋武静雄 ほか二名

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

一  控訴人ら代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は、控訴人らに対し、原判決別表賃金カツト額欄記載の金員およびこれらに対する昭和四七年一〇月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人代理人は、主文同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の主張および証拠の関係は、次に付加するほか原判決事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。

(一)  控訴人らの主張

1  ハチマキ闘争の正当性

ハチマキ闘争は、憲法上の団結権(ないしは団体行動権)に根ざす労働法上の権利の行使であり、正当な組合活動として、組合の指令に基づいて行われるものである。またハチマキを身体に着用することによつて一切の有形的な行為を完了し、あとは平常どおり労務を提供することができる。その最大の特徴は、使用者の指揮、命令を排除しないことにある。その結果、日常の業務の運営を阻害することは皆無か、あつても極めて軽微であり、労働者

は、労務契約に定められたとおり、債務の本旨に従つた労務を提供したことになる。

従つて使用者側に、労働基本権たる団結権を侵害してまで保護しなければならない利益は存しない。ハチマキ闘争の正当性を否定する根拠は、次に述べるように、何も見出せない。

先ず施設管理権(本件の場合は基地管理権)に基づく制限であるが、施設管理権は、企業の所有管理する施設等に対する物的管理権であつて、従業員の人間支配にまで及ぶものではなく、更にハチマキ着用は、単に労働者の身体に着用するだけで、使用者の施設管理権を侵害することは全くないから、ハチマキ着用を理由とする施設内への立入りを禁止したり、施設内でのハチマキ着用を禁止することは許されない(基地管理権を理由とする場合も同様である。)。

次は労務指揮権に基づく制限の可否であるが、右に述べたとおり、ハチマキ着用の就労は、債務の本旨に従つた労務の提供であるから、労務指揮権との牴触の問題が起る余地は全くなく、労務指揮権を根拠にして、ハチマキ着用を規制することは許されない。

更に服装の規制も、これが業務遂行上合理的理由がある場合に許されるものであつて、必要もないのに、労働者の服装を制限する権限は、使用者にはない。ハチマキ着用も、それが顧客に不快感を与えて客観的に業務遂行に支障をきたすような特段の事情があれば別であるが、通常の業種においては斯ることはあり得ない。本件の場合も、ハチマキ着用によつて労務の内容に影響があるということは考えられないから、服装の規制を理由にしてハチマキ着用を制限することは許されない。

2  就労拒否の不当性

在日米軍当局は、ハチマキ着用のうえでの就労を拒否し、職場によつては、ハチマキを着用した控訴人らを、実力で基地外に排除した。

仮にハチマキ着用による就労が、債務の本旨に従つた履行とはいえないとしても、控訴人らのハチマキ闘争に対して、在日米軍側のとつた行動は著しく均衡を失するものである。在日米軍側が就労を拒否しなければならない緊急性、必要性はなく、衡平の原則に照らして、右集団的な就労拒否は、その相当性の範囲を逸脱して許されないものである。従つて本件の場合は、債権者たる被控訴人側の責に帰すべき事由によつて履行不能が生じたというべきである。

3  ハチマキ闘争と賃金カツトの可否

本件当日、控訴人玉那覇清ら一七〇名は、ハチマキは着用していたが、平常どおり就労した。そして何ら職務の遂行に支障はなく、平常どおりの業績をあげた。また在日米軍側もその利益を得たのであるから、同人らが、就労の対価としての賃金請求権を失なうことはあり得ない。

仮にハチマキ着用のうえでの就労が不完全履行であり、賃金カツトができるとしても、不完全な分に対応してしか減額できない筈である。そして平常の労働に比して、どの程度の不完全な部分が存するかは、被控訴人において主張、立証しなければならない。しかるに斯る主張、立証は存しないのであるから、右控訴人らに対する賃金カツトは許されないものといわなければならない。

(二)  双方の立証〈省略〉

理由

一  当事者の各地位、本件当日控訴人らのうちその主張する者らが就労し、その余は在日米軍当局により就労を拒否されたこと、被控訴人は控訴人らに対し、昭和四七年九月の賃金のうち原判決別表記載の賃金カツト欄記載の賃金を支払わないことおよび昭和四七年九月分の賃金支給日が、同年一〇月一三日であることは当事者間に争いがない。

二  被控訴人は、右賃金を支払わないのは、控訴人らが債務の本旨に従つた就労の申入あるいは就労をしなかつたからであると主張するので検討する。

本件当日、ハチマキを着用して就労しようとする控訴人らに対し、在日米軍が、警告書をもつて軍施設内でのハチマキ着用行為は禁止されているから、ハチマキ着用者はハチマキを取りはずして就労するかあるいは米軍施設内から出て行くよう警告したこと、また仮にハチマキを着用して就労しても一切賃金の支払をしない旨通告したうえ、ハチマキを取りはずして就労するよう命じたが、控訴人らはこれに応せず、本件ハチマキを着用して就労しようとした(一部は就労)ことは当事者間に争いがない。

(一)  本件ハチマキ着用のうえでの就労の申入が、債務の本旨に従つた労務の提供といえるか否かについて判断する。

労働者は、勤務時間中、労働契約に従つて職務に専念すべき義務、すなわち、職務上の注意力をすべてその職務遂行のために用い職務にのみ従事すべき義務を有している。従つて勤務時間中に、職務の遂行と関係のない行為を行なうことは、原則として、右義務に違反するものと解されるから、勤務時間中に斯る行為をすることは、債務の本旨に従つた履行とはいえない。そして右義務違反が成立するためには、現実に職務の遂行が阻害されるなど実害の発生を必ずしも要件とするものではないと解すべきである。

職務の遂行中に行なわれた行為が、組合活動であつても、一般的には同様に解すべきである。組合活動も、本来勤務時間外において行なうべきであり、使用者側の許容のない限り、勤務時間内における組合活動は、原則として許されない。

そこで本件ハチマキ闘争について考える。

ハチマキ闘争の目的は、組合員相互の連帯意識の昂揚と団結の強化をはかり、使用者に対しては団結を誇示し、心理的圧迫を加えて要求行為の実現をはかり、他方外部に訴えて大衆の支持を要請することにあると思料されるが、勤務時間中、使用者に対する要求等を記載したハチマキを着用すると、その間絶えず組合員相互の連帯と使用者ないしは管理者に対する闘争感情の共有を確認し合うこととなつて職務の遂行に対する熱意と緊張感を減殺することになる。また使用者側よりみると、ハチマキ闘争中の労働者が、組合活動の方へ注意を向け、しかも管理者に対して直接の対立感情を示していると受けとめるところから、職務遂行のための指揮、命令権の円滑な行使を妨げられるおそれが強くなる。更にハチマキ着用は、余りにも刺激的であつて、第三者に対して異様な感じを与えるばかりか、これら第三者の眼には、使用者が勤務時間中に、職務遂行と両立し難い労働者の行為を許容しているのではないかと映つて、職場秩序の乱れをも推測させる結果を生むおそれが多いといわざるを得ない。

従つて、ハチマキ着用のうえでの就労は、労働者の職務専念義務に違反し、ひいては職場秩序を乱すものであるから、債務の本旨に従つた履行とは認められず、本件の場合の如く、ハチマキ着用のうえでしか労働しないという就労の申入れは債務の本旨に従つた労務の提供とはいえない。

(二)  右(一)において述べたとおり、本件当日における控訴人らの就労の申入は、債務の本旨に従つたものとはいえない。しかし、労働契約の場合に、債務の本旨に従つた労務の提供でないということから、直ちに使用者側において就労を拒否することを正当化するものではなく、就労拒否か正当であるか否かは、瑕疵の内容、それが職務の遂行に及ぼす影響の程度、範囲、双方の受ける利害得失等の諸事情を具体的に検討して判断すべきである。

1  先ず右(一)に述べたとおり、ハチマキ闘争は、服装戦術のなかでも、特に闘争的でその効果も大きく、従つて使用者に与える影響力もまた大きいものといわざるを得ない。

しかも本件の場合は、在日米軍基地内において行なわれた点も無視できない。すなわち基地内は、通常の職場と比較して特別に厳格な秩序の維持と規律保持が要請されると考えなければならないからである。

在日米軍は、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定」(以下地位協定という。)第三条一項により、基地内において、その管理のために必要なすべての措置を執ることができるとされていて、〈証拠省略〉によると、沖縄県の本土復帰後、在日米軍は、右措置として、先ず牧港補給基地において、基地内においてはハチマキ着用等の組合活動が禁止される旨警告し、本件ハチマキ闘争に対しても、予めその事を知り、基地内におけるハチマキ着用等の組合活動を禁止する旨の通告を掲示板、ビラ等によつて行なつて来たことが認められる。

2  本件当日もハチマキを取りはずして就労するように命じているところ、右措置も地位協定に基づく管理権によりなされたものと解されるが、右に述べたハチマキ闘争の性格、基地内において行なわれたこと等に照らし、合理的な権限の範囲内に止まつているものと考えられる。

従つて右命令が無視され、それを黙認しなければならないとすると、基地内における在日米軍の規律保持と秩序の維持は困難になるものと認めざるを得ない。

他方控訴人ら組合側においては、勤務時間中にハチマキ闘争をしなければ、組合員の団結が確保されないということはできないから、控訴人らのハチマキ闘争を在日米軍側で受忍しなければならないとすると均衡を失するものといわざるを得ない。

3  更に在日米軍側で拒否したのは、ハチマキ着用のうえでの就労であり、ハチマキを取りはずせば、直ちに就労することが認められた筈である。現に、〈証拠省略〉、弁論の全趣旨によると本件当日、在沖米軍基地で就労していた全労働者のうち約三分の二の者は、最初からハチマキを着用しないで、あるいは取りはずし命令に応じて、日常どおりの労務の提供をしたことが認められる。

以上の諸事情の下では、控訴人らの行なつたハチマキ着用のうえでの就労の申入を拒否した在日米軍のとつた措置は正当なものであつたと判断すべきである。

(三)  控訴人らのうち、玉那覇清ら一七〇名はハチマキ着用のうえ就労し、その余は、在日米軍側の就労拒否によつて労働することができなかつた。

就労しなかつた控訴人らは、当該時間内における労働はできなくなり、結局履行不能に帰したことになる。右(二)で述べたとおり、在日米軍の控訴人らに対する就労拒否は、正当なものであるから、債権者側の責に帰すべき事由による履行不能には該当しない。従つて右控訴人らは、被控訴人に対し、本件当日、就労しなかつた分の賃金の支払を求めることはできない。

また控訴人玉那覇清ら一七〇名の者も、その余の控訴人ら同様に賃金請求権を有しないものと解する。

すなわち、在日米軍が、ハチマキ着用のうえでの就労申入を拒否したことは、ききに述べたとおり正当であるから、控訴人らは、ハチマキを取りはずさない限り、労働契約に基づく本来の就労はできないものというべきである。労働契約の場合は、使用者側でも、受入態勢を整え、職務遂行に関して、指揮、命令権が適正円滑に発動できるようにしたうえでなければ、その目的を遂げることはできないし、また本件就労拒否に際し、在日米軍は、ハチマキ着用のうえでの就労には、賃金を支払わない旨通告しているのであるから、控訴人らが在日米軍側の正当なハチマキ取りはずし命令を無視して就労したとしても、それは労働契約に基づく本来の労務の提供となるものではなく、その労務の対価としての契約に基づく賃金請求権を取得するとは解されない。

以上のとおりであるから、被控訴人の主張は理由がある。

三  控訴人らは、ハチマキ着用のうえでの就労は、正当な組合活動として賃金カツトの対象としない旨の暗黙の合意および労使慣行があつたと主張するが、右主張は採用することができない。その理由は、原判決理由三記載と同一(似し原判決七枚表七行目の四月一八日を四月一七日と、四日間を五日間と各訂正する。)であるから、これをここに引用する。

四  よつて控訴人らの請求を棄却した原判決は、相当であるから、本件控訴をいずれも棄却し、控訴費用の負担について民小訴訟法九五条、八九条、九三条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 門馬良夫 比嘉正幸 新城雅夫)

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